頭が割れそうに痛いとは、つまりこういうことらしい。
脳みその内側で血がどくどく音を立てながら逆流して、神経をおかしくする。ぼんやりとした思考のまんま、ぜぇはぁと息を吐いたり吸ったりを繰り返しながら、骸はふと目を伏せた。寝付こうとしてもこの痛みで寝付けないことは大分学習してきたものの、体は眠りを求めている。
「だいじょうぶか、骸」
心配そうに聞こえる声も、今はほんとうにどうでもいい。ディーノは更に「何か欲しいか」、と更に声が続くが、こっちは酸素をたくさん得ることで手一杯だ。寧ろ二酸化炭素を増やす原因は即、此処から出ていって欲しい。
「骸、むくろ、みず、水とか飲まねーと!汗、ひでぇぜ!?」
それがどうにも伝わってくれない彼はおろおろとするばかりで、要領を得ないままコップに水を注ぐ音。そういえばこいつどっかなお坊ちゃまだったな、と思ったら苛々してきた。看病の仕方も知らないのか。僕より年上のはずなのに。
「いり…ません……」
意思表示でもしないと駄目だと悟り、息も絶え絶えに口に出すと、案の定「でも、」と食い下がられる。面倒だと内心舌打ちをして、こうなったら何か代わりに頼むことにする。
「……アイス…ノン」
「へ?」
「か…氷、まくらを…」
ぜぇ、と吐き出しながら頼むと数秒固まった後に「アイスノンだな!」と彼は大慌てで部屋を出ていく。遠ざかっていく足音に少しだけ安堵して、薄く目を開いた。天上にぶら下がった人工の光さえ眩しい。脳が相当参っちゃっているようだ。光に弱いだなんて。
(ああ、でもそうかもしれない)
この目はきっと、光に弱い。
タオルで包まれた氷枕が頭の下にひかれ、額に同じくハンカチで包まれたアイスノンが乗った。熱い身体には心地いい。
「他は?何かいるか?」
少しは落ち着いてきたのか、ディーノの声音に余裕が見えた。無意識に瞼を閉じながら首を振る。僕も一時的だろうが痛みが緩慢になってきた。どちらかというとこのまま眠ってしまいたい。その旨を伝えると、「ん、寝とけ」とほわりとした声がした。はぁ、と息を吸い込んで、そのまま意識がぷつりと切れるほど深い眠りに入った。
『きっもち悪い目だな』
幼い頃に、そう言われたのが多分始まりだった。言葉の魔力とは恐ろしい、誰かがそれを拒否すれば瞬く間に伝染していく。
青い瞳と赤い瞳。左右で違う色。
自分が周り大勢と違う。それを決定づける絶対的な相違点。
人と違うことが罪だった。恐れられることが罰だった。
何のために?誰のせいで?
そうやって一度独りになったら、数えられるほど限定されたもの信じられ無くなった。孤児だった骸には親も兄弟もいない。施設でも妙に好いてくれた少年二人以外に、誰とも交流しなくなった。
成長した後は利用することを覚えた。自分の造型はそれなりに優れているらしいことを武器に、特に目立つ赤い右目だけを隠して甘く笑った。あれだけ恐かった人間なんて、すごく簡単だった。
汚れてる。そう思ったら薄い笑いが漏れた。
ハッと、意識が覚醒する。途端吸い込んだ空気が器官に引っ掛かり激しく咳込む。上体だけ起こして呼吸を正していると、アイスノンが落ちてきた。手で受け止めるとジェル状のそれは完全に溶けていて生温い。どうやらかなりの時間を寝ていたらしい。あれだけあった熱はほとんど引いたようだった。
喉が渇いた。そう思って無意識に、枕元に置いてあった水を手に取り飲み干す。息を吐いて、ふと足の辺りに重みがあるのに気付いた。
「……看病はどうしたんでしょうねぇ、あなたは」
ディーノが、規則正しい寝息を立ててただいま絶賛お休み中だ。呆れて物も言えない。溜息をついて、しばし彼を見つめた。
彼の髪と顔立ちは、イタリアだったかの血が入っているらしい関係で、ひどく日本人ばなれしている。金髪碧眼、ついでに無駄に整っているせいでバイト先でも超絶な人気だ。おかげさまで仕事がとても忙しい(自分もまぁそれに該当するわけだから人のことは言えない)
『骸の目ってキレーだよな。』
奨学金だけでは不安で大学の学費の足しにと始めたバイト先で会ったのがこのディーノという男だ。そして会って一日目にして上記のような台詞を言われ、とても目を丸くしてしまったのを覚えてる。始めて言われたのだから仕方ない。
呆然としてる間に相手にあれやこれやと会話を弾まされ、いつの間にかすごい懐かれて今に至るわけなのだが、今でもこの関係が謎でしかたない。
人間が嫌いだった。目の色も自分のことも全部大嫌いだった。
でも少しずつ全部が過去形になっていく。なんて憎いんだろう。こいつのせいで、憎しみが全部消されてく。
蛍光灯でさえ眩む目が、この光の塊に、敵うはずが無い。
「………はぁ」
もう一度、寝てしまおう。でもこのまま寝たら足が痺れそうだ。その首根っこを引きずって(それでも起きない。危機感が無いというより馬鹿だ)体を足からずらした。
よし、と頷いてまだ浮ついた思考のままこれまた少し温い氷枕に頭を再度乗せた。
それからしばらくして目覚めたディーノはドアップで目の前にあった骸の寝顔に思わず狼狽したり赤面したりて忙しいことになるのだが、それはまた別の話。
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別名にて企画様に献上したディノ骸。別名だったのはうちのサイトがディノ骸サイトじゃなかったからデス(鳴呼
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