※デュラの四巻から六巻以降若干ネタバレ
そう、ありがとう。そう言った帝人は一向に気にした様子はなかった。彼は苦笑の形に表情を作ってはいたものの、頬を赤らめはしなかったし、呼吸は変わらず一定だった。「あいしていますよせんぱい」と口に出しても、つまりそれは、彼にとってどうでもよいことなのだとわかって、ひどくつまらなかった。何がそんなにつまらないのか、青葉にもわからない。ただ彼が少しも自分という存在に興味を持っていないというこの状況はあまり好ましいものではなかったし、火種として手に入れたはずの手駒の一つに、なめられている気がして嫌だったのかもしれない。
(帝人先輩は、よく笑う)
はずだ。少なくともクラスメートの前では、園原杏里の前では、屈託ない少年のように笑う。にこにこと明るく、まるでこのなんでもない日常を楽しんでいるかのような、そんな笑い方をする。
でも彼の本当の笑い方はもっともっと異質なものだ。退屈な毎日に見え隠れする非日常。彼はそういうものにこそ、それこそ価値を見出だして笑う。愉快そうに、興奮して、まるで子供のように。
わかっていますよね、先輩。そう、青葉は問い掛けたくなる。もう遅いのだと。泣いても叫んでも、もうあなたの行く先は、もうあなたのものじゃないのだと。今まで歩んできたあなたの道とはもう大分外れてしまった場所に、あなたは立っているのだと。
そしてその先に引きずり込むのは、誰でもない自分だけの役目なのだ。そう考えただけで背筋が震えた。興奮と言ってもいい。誰にも渡さない、誰にもこんな素敵なものを渡すものか。
「…帝人、先輩?」
ふと、長い沈黙に気付いて顔を上げると、彼は先程の作りものじみた苦笑よりももっと嘘くさい、いつもの通りの笑顔を張り付けていた。
「なあに?青葉くん」
ほら、退屈そうに笑う。もうほんの少し前の言葉はスルーされるらしい。はあ、とため息。どうせそんなことは嘘だからいいのだけれど、嘘だから。これが本当に純情な少年だったら、どんなひどい傷を負うことになるか。この、小悪党め!
やがて帝人は自分の相手を放棄して携帯電話を取り出した。青葉は携帯を打つその細い指先を目で追いながら、今日も手の中で転がしているはずの、火種の煙で息苦しくなることに忙しい。
***
まさかのこの二人。まあ帝杏のが好きですがね。
リハビリリハビリ。
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