吸い込んだ風は予想外に乾いていた。雨でも降りそうな澱んだ空気に、それはあまりにも不似合いで、榛名は無表情を更に険しくする。ちらりと振り返った先で、ファーストに転がり込んだ奴が土埃を立てたのが見えた。ふざけんなよ馬鹿野郎。目に土が入って痛くなったらどうしてくれるんだ。そう思って漸く目を逸らす。
ベンチで待機してた女の子が、少しだけ震えた手でスポーツ飲料が差し出してくれた。ああ、ちょっと前に可愛いと思っていた子だ。でも、期待外れ。そんな悔しそうな歪んだ顔みたら興ざめだよ。「どうも、」と言ってそのコップを受け取りながら心の中で言ってやる。飲んだのはいやに薄くて冷たい。それでも渇いてた喉には染み込んでいく。
そうか、渇いてたのは俺か。
口の中で浮き彫りになったじゃりが舌に不愉快な違和感を与えるのに、榛名はまた眉を潜め、ベンチに大仰に座り込んではぁと溜息をついた。
今ので相手がテイクワンベース。ついでに一点入れられてグランドの状況はノーアウト満塁と、ついさっきまで榛名がマウンドに立っていたときと変わららない。今ので六点差?全く、やってられない。
それでも榛名にとってはどうせ捨てた試合だ。先発したやつが点を取られたのが悪かったわけで、俺は何も悪くない。そう勝手に頷いて、ふと、試しに投げてた手首を回してみた。コリ、と関節がなって何故か変に不快だった。アホらし。
カキーンという威勢のいい音がして、ああやっぱり打たれたなと諦めたように顔を上げて飛んでいったボールを目で追う。見事ホームランだ。絶望的な顔をした監督を見るよりも明らかだ。俺達の負け。完敗だ。無意識についた溜め息を周りから睨まれ、俺は大仰に肩を竦めた。
…そこで、俺はやっとタカヤのことを思い出した。
見ると、奴は呆然と突っ立っていた。何してるんだと気になって眺めていたが、一向にタカヤは動こうとしなかった。チームメイトが慰めるように肩を叩く度にそのまだ小せぇ身体を揺らすばかりでろくな反応をしない。表情は見えなかったが、その背中はひどく惨めだ。
そうだおれは。あそこに、たっていたくなかった。
突然ぱっと頭に浮かんだ言葉に驚いて、俺は思わず慌てる。そんなハズは無い。ただ八十球投げたから止めただけ。あの馬鹿教師のせいで壊れた体をもう二度と同じようにしたくはないだけ。自分の体を自分で守って、何が悪い。
けれどその言葉は消えなかった。フラッシュバックする、指を折り曲げる自分の姿。発作的な記憶遡航に目眩を覚えながらも、榛名は確かに気付いていた。
まだ、今日俺は八十球投げていない。
ふと、タカヤが俺を見たのが、目に入った。
***
榛アベというより榛名。
あの試合、榛名も何かしら辛かったんじゃないかと思います。
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